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ミラノ・サローネ2011

2011-06-19-Sun

 
今年もイタリアでは4月にミラノサローネが開催されていました。
先日は、その報告会が都内にあるキッチンハウス・ショールームであり、
今年のトレンドや業界の情報など、ホットな話題に盛り上がりました。

kithen_c.jpg


ミラノサローネは、街を挙げての大イベントということで、
プロジェクターに写し出されるサローネの写真は、
街のいたる所にアート作品が並び、お祭り騒ぎといった様子でした。
今年は50周年を迎え、横断幕やポスターにも「50周年」と記されていました。

インテリアの新作では、収納棚の提案が目立っていたようです。
よりデザイン性が強調され、段差を付けたり、奥行きを変えることによって、
立体的な造形が施され、収納そのものが、見られることを意識していました。
ビビットな色調が彩りを添え、今年の色のトレンドも予感させていました。

住宅は長く住むものですから、流行りばかりを追いかけられませんが、
いいモノは、うまく取り入れたいと思えば、興味深かい内容でした。

築250年のお蕎麦屋さん

2011-06-18-Sat

 
今日は、これから着工する那須のお宅の地鎮祭があって行って参りました。
自然に囲まれ、この季節、新緑が芽吹きはじめていて、いいところです。

nasu_sobaya.jpg


近辺は、車で走っていると、やたらとお蕎麦屋さんが目につき、
食べ物屋さんの2~3軒に1軒はお蕎麦屋さんじゃないかと思うほどで、
それじゃ、お昼はお蕎麦にしようかと、建物に惹かれて入ったお店です。

ガラガラとガラス引戸を開けて中に入ると、土のままの土間があり、
すっかり黒くなった柱に建物は支えられ、飴色の床の縁側には木製窓、
壁は白漆喰で塗り込められて、傘だけの裸電球に照らされていました。

いかにも古く風情のあるこの建物は、なんと築250年とのことでした。
その昔、庄屋さんだった建物を、移築して来たのだそうです。
雰囲気がいいとそれだけで、食べる前から蕎麦が美味しく思えますね。

P.S
そんなことで、しっくいの壁に触れてみたり、木製窓を眺めてみたり、
と、すっかり建物に気を取られていたものだから、
うかつにも、こちらのお店に、携帯電話を忘れて来てしまいました。
お店の方に宅急便で送っていただくようにしたのですが、
1~2日は、携帯電話が繋がらないと思うので、
関係者の方々、お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたします。

2011-06-16-Thu


家のドアに鍵が掛かるのは、現代の暮らしでは当然のことで、
そればかりか、2重ロックやセキュリティー会社との契約も、と、
安全対策への欲求は、昨今、益々強くなっていくのを感じます。
 


ヨーロッパでは、紀元前から、鍵は存在していたようです。
戦争や侵略、略奪が古くから繰り返されていた文化が背景となっています。
中世には王侯貴族が、そして近代になると財産を持つようになった市民が
と、こうして鍵は発達しつづけ、今日に至っているのだそうです。

そして鍵は施錠という本来の用途以外にも、重要な意味を持っていました。
魔除けやお守りといった宗教的なもの、防衛のシンボルとされる紋章として、
統治権のシンボルとされ、支配者が交代すれば鍵が移譲されるなど、
あらゆる場面で、象徴的な役割を担っていたのだそうです。

日頃、何気なく使っている鍵にも、長い歴史と文化があるんですよね。

ドイツのアパートメント

2011-06-12-Sun

 
先日は、世界のホテル宿泊客評価につて書かせていただきましたが、
最近読んでいた本には、ドイツの賃貸住宅のことが書かれていました。

Apartments.jpg


ミュンヘンの話でしたが、転勤などでやって来る日本人に、
アパートメントのドイツ人オーナーは、積極的に部屋を貸したがるそうです。
日本人は部屋をキレイに使い、問題も少ないからだそうです。
基本的に、日本人は家の中では靴を脱いで生活をする習慣から、
住まいに対する感覚的な違いがあるようだと書かれていました。

昔、外国映画で、靴を履いたままベットに腰掛ける姿を見て、
子ども心に、かなりびっくりしたことを覚えていますが、
靴を履いて家の中で生活するかどうかは、感覚に大きな違いが生じますね。
椅子に腰かけ、テーブルに靴のままの足を載せているなんてことも、
日本では、家でだって、会社でだって、ありえないことです。

もう一つ、本に書かれていたドイツのアパートメントの話ですが、
ドイツでは、100年以上の古い建物が住まいとして使われていることも多く、
ダクトスペースが取れていなくて換気扇が無かったりするそうです。
換気扇の無いキッチンで調理をすれうばどうなるかと想像すると、ん・・・。

テレビの存在

2011-06-09-Thu

 
家の設計をするとき、テレビの存在を放っておくわけにはいきません。
テレビを視聴するための適度な距離の確保をしながら
リビングの家具やソファーの配置、窓やドアとの位置関係、と、
設計においては、結構気を使わせてくれる存在です。

リビング


我が家では震災の日、帰宅するとテレビがゴロリと床に転がっていて、
テレビボードに戻して、リモコンのスイッチを入れても無反応でした。
あ!…
リビングの真中に鎮座していたテレビは、呆気なく粗大ごみとなったのです。

気を取り直して、これを期にテレビの無い生活を試みることにしました。
元々、テレビはほとんど見ていなかったので、
「テレビなんて無くても!」なんて鷹揚に構えていたのですが、
当初は手持ち無沙汰のようなもの足りなさに、落ち着つきませんでした。
それでも3ヶ月が過ぎ、テレビが無いことにも、今はすっかり慣れました。

テレビが無ければ、住宅のプランも随分と変わるのではないかと思います。
どうしても、テレビはリビングなどの中心に据えられてしまいますから、
これが無ければ、空間のあり方や家具やその他のレイアウトは
違った発想がされることになるのではないでしょうか。

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