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ヒトの内側の年齢

2010-10-24-Sun

 
写真生活」 坂川栄治著 デザイナーであり、フォトグラファーの著者が、
写真集の写真を通して、感じる視線の先の思いを書いている本です。
一枚の写真を通して感じる思いには、なるほど、写真をそう見るのか、と、
意外な視点、面白い視点を教えられ、また写真が好きになりました。

okeeffe.jpg


晩年の画家ジョージア・オキーフが撮られている写真に、著者は惹かれ、
そこに写る窓からの風景を見たいと、切望していた時期があったそうです。
その写真に写るオキーフと、ほぼ同じ年齢の著者の77歳になる母親が、
言っていた言葉が、そのくだりに書かれていて、印象的でした。

  77歳といえば随分年を取ったような気がするけれど、
  それは毎日の鏡や写真や人の目に映る外側の姿であって、
  実際に感じる内側の年齢は五十代ぐらいのような気がしている。
  だから人の年齢の「内と外」というのは
  「七掛け」ぐらいの差がついているんじゃないか、と。

以前に、やはりそんな話しを、七十代の方から聞いたことがありました。
気が若くて、前向きに生きていらしていいな、と思いましたが、
誰もがそうなのかもしれないと、この本を読んでいて思うのでした。
ある年齢になって、その差の数が大きくなって気がつくだけで、
わたしだって、実は七掛けで、自分の年齢を考えているのかもしれない、と。

ただモノではないアイスクリーム

2010-10-23-Sat

 
ただのアイスクリームではありません。
ノーベル賞受賞晩餐会のデザートのアイスクリーム・・・だそうです。
昨日に引き続いておりますが、今日もノーベル賞の話題です。

nobel_dessert.jpg


これを一年中食べられるところがスウェーデンにはあります。
ストックホルム旧市街の大広場に面して、ノーベル賞博物館があり、
ノーベル賞の歴史や、受賞者に関する資料などが展示されています。
そしてその一角にあるカフェで、このアイスクリームはいただけます。

バニラとカシス思しきアイスクリームに、生クリームと苺がデコレートされ
金色の紙で包んで、メダルに模られたチョコレートは、
アルフレット・ノーベルの肖像入りで、それらしく添えられていました。

現在、ノーベル賞には、物理学、経済、科学、文学、生理・医学、平和
と、6つの賞があり、それぞれスウェーデン国内で選考されていますが
平和賞だけはノーベルの遺言により、ノルウェーでその選考されています。
このノーベル賞博物館の2階では、スウェーデン・アカデミニーによる
ノーベル文学賞受賞者の選考が、毎年行われているそうです。

ノーベル賞受賞祝賀晩餐会

2010-10-22-Fri

 
今年も、ノーベル賞受賞者が発表されましたが、
その中に、日本人が名を連ねているのは、やっぱり嬉しいことですね。

blue_room.jpg


毎年12月10日のノーベル賞受賞祝賀晩餐会は
スウェーデン、ストックホルム市庁舎でおこなわれています。
1923年に完成したその市庁舎の建物は、
スウェーデン建築家ラグナル・オスベリ設計によるもので、
スウェーデン・ロマンティシズムの最高傑作と言われています。
写真は、祝賀晩餐会会場となるブルーホールです。
赤い煉瓦の壁に覆われた昼間のホールは、高窓からの光が印象的です。

晩餐会では、左手上段の通路奥から、ロイヤルファミリーが現れ、
会場の注目を集めながら、ゆっくりと通路を歩かれ、
写真に写っていませんが、手前にある階段を優雅に下りて来られます。
通路と階段は、ロイヤルファミリーの女性がドレスを身にまとい
歩く様子が美しく見えるように設計されたと言われています。

・・・と、市庁舎の観光ツアー・ガイドの女性が説明してくれました。
何も催し物がない時には、見学することができるようになっていて、
観光シーズンともなれば、人気のツァーのひとつとなっているようです。

マザー・テレサ

2010-10-21-Thu

 
あるワークショップで、マザー・テレサのことがテーマとなり、
それがきっかけで、2冊のマザー・テレサの本を読むことになりました。
マザー・テレサは、1910年8月26日、ユーゴスラビアに生まれます。
今年は、ちょうど生誕100年、ミサが東京カテドラルにておこなわれたり、
写真展や映画祭などのイベントが、この夏、日本でも、おこなわれました。

Mother_Teresa.jpg


ここであらためて、ご紹介するまでもなく、その活動は世界中が知り
貧しいく苦しむ人々とともに生きた「20世紀の聖女」と呼ばれています。
1979年には、その活動を評価されノーベル平和賞を受賞しました。

「私のための晩餐会は不要です。
その費用は、どうか貧しい人々のためにお使い下さい」
と、ノーベル賞授賞式の場においてマザー・テレサは要望し、
「世界平和のために、私たちはどんなことをしたらいいですか」
と、インタビューで尋ねられると、その答えはシンプルなもので、
「家に帰って、家族を大切にしてあげてください」と。

このとてつもない信念と愛は、宗教があってこそだとするならば、
宗教が、文化や慣習としてあるだけとなっている人間が、
その拠りどころを、どこに求めたものかと、そんなことを思うのでした。
何かを成し遂げるには、それに見合った信念が必要だし、
人は愛があって、生きていられるのだろうとも思います。

1997年9月5日、マザー・テレサは「もう息ができないわ」と倒れ
息を引き取る間際まで、神への祈りを捧げ、87歳の生涯を終えています。

フィンランディア・サウナ

2010-10-19-Tue

 
サウナを家の中に作る設計のご依頼が、以前はときどきありましたが、
最近では、サウナを希望される話は、ほとんど聞かなくなりました。
当時、扱っていたサウナは、フィンランディア・サウナといわれる、
スチームで熱するタイプで、輸入品が主流だったと記憶しています。

finlandia_sauna.jpg


本場フィンランドではどうかというと、今でもサウナは大活躍しています。
浴槽というものは、影も形も無く、あるのはサウナとシャワーだけ、
というお宅が、最近は益々多くなっているのだそうです。
街中にできる新しいフラットも、ほとんどがそうだということでした。

その昔、フィンランドにおいてサウナは、神聖な意味合いもありました。
大事な話し合いはサウナの中でするとか、出産をサウナの中でするなど、
そういった使われ方をすることも、あったのだそうです。
話し合いはともかく、出産とは、なかなか想像しにくいことではあります。

「うちのサウナは狭いのよ」と、見せてもいただいたお宅のサウナは、
どう見ても、優に4人は腰掛けられるであろうほどの広さをしていました。
日本でタタミ1畳ほどの輸入品のサウナを見ていたわたしは、
その言葉には、謙そんだとしか受取りようがありませんでしたけど・・・。

ちなみに、バスローブ代わりに日本の浴衣を着ることが、
汗を良く吸うから都合が良いとか、お洒落だとか思われているようです。
このお宅でも、洗面室の壁には、浴衣がさりげなく掛けられていて
それを見たわたしは、勝手に親近感を抱いていたのでありました。

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